あの現場ではね、ほんとうに痛々しい、残酷だというとても痛々しく感じていたんです、実は。「ああっ」という感じで、ピアノの音がしないし、弾きにくいし「ダメだな。これは使えないな」って。死んだピアノというのかな、溺れちゃって死んだピアノの死体のような感じを受けていたんですよ。

だけど今はね、改めて音を聴くといい音ですね。
それは、自分が病気をしたからかもしれないね、もしかしたら。
産業革命が起こって、初めてこういう楽器が作れるようになったんですね。
この弦も鍵盤も、全部合わせると何トンという力が加わっているらしいんですね。

でも、元々自然にある物質を、人間の工業力とか文明の力で自然を型にはめる。
自然の物質たちは、元の状態に戻ろうと、必死になってもがいているわけですね。津波って、一瞬でバンってきて自然に戻したというか、戻っているわけですね。

で、今、僕は自然が調律してくれた「津波ピアノ」の音がとても良く感じるるんですよ。
ピアノに刻まれた全ての痕跡を、自然が行った調律としてそのままにしておきたい。
僕は忘れたくないだけなんです。

僕のショックのひとつはですね、現代文明とか人間が作りあげた科学やテクノロジーっていうのは脆いものだということは充分わかっていたはずなんです。
でも、実際ああいうことが起きてみると、忘れていたということが分かるんです。
そのことも、とてもショック。
僕が受けたショックって何かというと、もう、まだまだよく消化しきれないというか、消化しきれないうちに、いつしかこう皆んなよく考えなくなってしまう。
でしょうが、けれども、僕は考えたいと思っているんですね。
もう少し、意味がわかるまでね。
:坂本龍一

教授は、宮城県農業高校の被災したピアノ(昭和41年卒業記念品)を引きとり、調律師に「津波による音色の変化、いわば自然の調律はそのままに、でも鍵盤は動くようにしてほしい」と依頼されました。

「坂本さんの意向で、ドロップというか、ゴミをそのまま残した状態でなるべく作業をしてほしいということで、通常とはちょっと違うやり方で作業しています」と調律師・馬場政法さんは語られています。

『津波ピアノ』坂本龍一と東北の7
NHK総合 2018.03.10

坂本龍一 with 高谷史郎/設置音楽2
IS YOUR TIME
NTTインターコミュニケーション・センター [ICC] ギャラリーA
2017.12.09-2018.03.11