「あたし、ニシンのパイ、嫌いなんだよね」
映画『魔女の宅急便』で、主人公のキキが、ご年配のご婦人からお預かりした「ニシンのパイ」を、お孫さんへ届けたシーンです。
キキは、ご婦人から「孫の好物」と承っていたので、お孫さんの対応に落胆してしまいます。
キキは一人前の魔女になるために修業中で、箒で空を飛べる能力を活かして宅急便の仕事を始めました。
「誰かの想いを、誰かに届けたい」
そんなキキの真摯な気持ちを挫くようなシーンでもあります。
観ている観客も悲しくなってしまうシーンです。
しかし、私は
「あたし、ニシンのパイ、嫌いなんだよね」と言ったお孫さんの心情を想像すると、意地悪でも、嫌な子でもなく、頑張り屋さんなのではないかとすら思うのです。
ご婦人のお孫さんは13歳のキキと同年代くらいの女の子です。
◆ご婦人は、女の子が『ニシンのパイ』が大好物だと信じているから、プレゼントとして宅急便に託されました。
◆ご婦人が、女の子の『ニシンのパイ』が嫌いだということに気づいていないのは、女の子が「おばあちゃんを傷つけてはいけない」と思って『美味しいね』と気を遣い続けてきたためかもしれません。
◆女の子はいつもは
「おばあちゃんの期待する私」
「おばあちゃんをガッカリさせない私」を演じて、苦手な『ニシンのパイ』も頑張って食べていたのかもしれません。
13歳頃の年齢になるまで、おそらく家族の誰もそのことに気づかなかったと想像されます。
あるいは通常、保護者となるべき大人が気付けば、おばあちゃんにカミングアウトしそうですが、その様子はなさそうなので、家族ぐるみでおばあちゃんに気を遣っている可能性もあります。その場合、女の子の意志ではなく強制力が働きますので、女の子はさらに窮屈な境遇に置かれていることになります。
◆利害関係のない第三者であるキキに「ニシンのパイ、嫌いなんだよね」と言ってしまったのは、いつもは周りに気を遣っている女の子が(キキがその後の人間関係に軋轢を招く恐れがない人物だと判断できたので)『期待されなくてもいい私』を見せることができたのでしょう。
これはサービス業に従事している方はご経験があると思いますが、普段は従業員に対して親切丁寧なお客様でも、体調が良くなかったり、時間がなかったり、何かしらトラブルを抱えているときには、余裕のない対応をされることもあります。
「目の前の姿がお客様のすべてではない」という想像力があれば、キキはプライベートな時間まで落ち込んで、引きずることはなかったかもしれません。
また女の子も、宅急便のお仕事してる人がイライラしたら、交通事故を起こす可能性が高くなると想像できれば、「ありがとう」の一言が出てきたかもしれません。
お互いを想像し合えたら
お互いが幸せになれる
そうなればいいなと思えるシーンです。
かつての子供だったあなたにも、きっと思い当たることがあると思います。
そして
あなたの目の前のお子様も
本当は頑張り屋さんかもしれません。
短絡的にその子の一部を見るのではなく、なぜそういう振る舞いをしたのか、ほんの少しでも想像していただけたら幸いです。
『魔女の宅急便』1989年公開 制作:スタジオジブリ・プロデュース/脚本/監督:宮崎駿
原作:角野栄子(福音館書店刊)
写真撮影場所:暮らしの道具吉山(株式会社吉山タンス店)
広島県福山市霞町3丁目4−24