写真には残っていないけれど
忘れることのない光景というものがあります。

JR東日本『高輪ゲートウェイ駅』 が2020年(令和2年)3月14日に暫定開業しました。
東京は緊急事態宣言中で、開業イベントは見送られ、地方局では特にニュースにもなりませんでしたが、私にとって『高輪ゲートウェイ駅』は特別な思い入れのある場所です。
正確に言えば、新駅が建設される前の「東京総合車両センター」にです。

私の初めての東京は、高校1年生16歳のとき、高輪在住の友人に会うためのひとり旅でした。
品川駅の跨線橋から見た「東京総合車両センター」(旧・田町車両センター)が、私の初めての東京の記憶です。

ファッション誌のグラビアで見た華やかな東京ではなく、ただひたすら広がる国鉄ヤード跡地に、なぜか不安な気持ちになったのを覚えています。
なぜ不安になったかを考えたとき、車両センターそのものが「正しい選択をしなければ事故につながる」分岐点で、無数にある線路が『フローチャート』や『あみだ』のように見えたのだと思います。

自分の立っている場所から未来へ到達するために、幾つもの選択肢の中からどれかひとつを「選ばなくてはならない恐怖」
「間違ってはならないという不安」がそこにあるように感じました。

その後、何度も品川駅を利用しましたが、跨線橋から見る景色は、やはり未来に対する不安の象徴のようでした。

しかし
その不安を覚えた
同じ場所で
その不安が消える出来事がありました。

昨年秋、所用で品川駅から東京方面の泉岳寺に向かう第一京浜(国道15号線)を歩く機会がありました。
第一京浜は「東京総合車両センター」と平行に敷かれたルートで、私にとってそれはまるで不安の象徴『フローチャート』の上を歩いているような錯覚におちいる道でした。

「私は今、16歳のときに見た未来を歩いてるのだろうか」とぼんやり考えながら歩いていたところ、突然、目の前に夜の東京タワーが現れました。

都心なのに、誰もいない道。
不安の象徴だったその先に
「どうしてこんなに綺麗な場所があるのだろう」と思えるくらい不思議な光景が広がっていました。
この不思議な光景に辿り着くまで、過去のフローチャートを遡ってみて、ひとつの選択ミスもなかったという感覚です。

実際には
16歳から今日まで
迷い道で途方に暮れたり
先が見えないトンネルでうずくまったり
行止りで後退したり
荒地で道そのものがなかったり
その都度、選択を誤ったのではないかという後悔もありました。
そんな複雑な選択肢のあるなかで
迷いなく選んだ道もありました。

私たちは、人生というフローチャートの上を歩みながら、常に選択肢の中からひとつ選んで進んでいます。
ランダムに存在する情報やものの中から
何かひとつを選択するという行為はタロットの世界観に通じるものがあります。

ランダムに存在するものの中から
迷いなく選べるものもある。
そこには
「選ばなくてはならない恐怖」
「間違ってはならないという不安」は皆無だったことに気づきました。

「迷いなく選び続けていたものの先には、きっと思いがけない未来が待っている」
16歳の私に教えてあげたくなりました。

『高輪ゲートウェイ駅』の開業で「東京総合車両センター」は消えました。
不安の象徴だった『フローチャート』も消えました。
そして、その日見た東京タワーは、「ダイヤモンドヴェール」 というライトアップ方式の終了直前の光景だったと後日知りました。

もう、二度と目にすることのない光景。

写真には残っていないけれど
忘れることのない光景は
私たちの今日を生きる支えになってくれているのかもしれません。