「後ろめたさや不安で、自己崩壊してゆく」

北野武監督作品・映画『アウトレイジ・ビヨンド』で、石原を演じた加瀬亮氏のお言葉です。

元・大友組の金庫番だった 石原(加瀬亮)は
かつての親分・大友(北野武)を裏切り
関東最大の任侠団体『山王会』の、No.2 若頭にまで成り上がりました。

『山王会』は新体制のもと、国政に影響を及ぼすほどの権力を持つまでに成長しました。

「大友は、刑務所内で死亡した」という、虚偽の情報を信じていた石原は、大友が生きて出所してくることに
後ろめたさや
不安で
正気を保つことが難しくなってゆきます。

金銭
権力
地位
名誉
博識
語学
舶来品
高級車
欲しいものは全て手に入れて、将来も約束され、順風満帆だと思われていた石原。
その石原が
ヒステリックに大声で部下を叱りとばし、威嚇すればするほど、それに比例して怯えが露呈されてゆきます。

しかし、私は
石原のわかりやすい形での「威嚇や怯え」に安心するのです。
それは、私が石原に自分自身を投影しているからです。

映画芸術は、その表現方式そのものが時間と空間を自由に操作することができるという意味で、日常と非日常の「オンとオフ」の切り替えが瞬時にできます。
非日常の仮想現実の世界において、どの登場人物に自分を「投影」させるかで、自分の「憧れ・願望・欲望」が見えてきます。
普段、潜在意識に閉じ込めている感情も知ることができます。

私たちは
職場や学校などの人間関係で、ときに「反応しない精神力」が求められます。
ときにではなく、常に、かもしれません。
それは、冷淡になるのとはちょっと違って、「感情を揺さぶられないように」本能を意志でコントロールする感覚です。

私は
石原のように
心の底にある欲望を見せずに
クールに振る舞いながら、野望に向かってゆける人物が
(まさに本能を意志でコントロールできる人物が)
感情を揺さぶられ
葛藤し
迷い
躊躇い
感情的になる姿に
フラストレーションを「解放」させていただいているのだと思います。

「解放」とは
緊張からの解放
欲望の解放
怒りの解放
悲しさの解放
喜びの解放など
いわゆる「心の解放」です。

本能を意志でコントロールし続けている私たちは、映画という仮想現実で疑似体験をして「心の解放」を得ようとしているのかもしれません。

北野武監督は、作品について
「現実社会とかけ離れていない。どこにでもある構図」と語られています。
どこにでもある構図とは、誰もが該当することを意味します。
“アウトレイジ”は、誰もが持っている本能。
現実社会を生きる私たちが、本能を暴発させる前に、石原らを疑似体験することにより「心の解放」ができる構図を、北野武監督は詳密に仕組まれておられるのだと感じます。

映画『アウトレイジ・ビヨンド』は疑似体験で、「心の解放」ができることは幸いであると告げているようです。

「後ろめたさや不安で、自己崩壊してゆく」人はむしろ健全で、後ろめたさや不安を感じることもなく、自分を正当化する人のほうが憐れむべき対象なのだと気づかせてくれます。

 

 

『アウトレイジ・ビヨンド』監督/脚本:北野武・制作会社:オフィス北野 「アウトレイジビヨンド」製作委員会・音楽:鈴木慶一・配給:ワーナー・ブラザース映画 マグノリア・ピクチャーズ
第69回ヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門正式出品