一.愛憎を振りまわすことなかれ
一.好悪に偏るべきではない
一.喜怒を慎み表情に出してはならない
一.万事について惑溺して度を過ごしてはならない

タロットに登場する人物たちの中で、『長』(おさ)を務める者は5人。
5人には自分を厳しく律し、「感情を揺さぶられないように」本能を意志でコントロールする『理性』が求められています。

『長』を現代の職種・業種であらわすと
社長
局長
店長
支店長
工場長
編集長
署長
機長
隊長
校長
院長など
組織の部下たちを取りまとめ、責任を取る立場の役職です。

『長の心得』は一見、「冷淡で合理的」。
喜怒哀楽の感情の動きを見せず
何事にものめり込まないように
『理性的』であることが、何よりも優先されます。

しかし私は、はたしてそのような『長』が「部下から尊敬され、信頼されるのか?」とタロットを読み始めた頃は疑問に思っていました。「気さくで、情に厚い、優しい上司」が理想の人物像として浮かんできたものです。

なぜタロットが『長』にこれほど厳しい心得を戒めているのかを考えたとき、5人の『長』にいくつかタイプがあることが見えてきました。

①「気さくで、情に厚く、器の大きい上司」
②「熱血派の体育会系、勝敗を重んじる上司」
③「堅忍・忍耐で、部下の成長を見守る上司」
④「指導力・行動力で求心力を発揮する上司」
⑤「合理的で分析力に長け、冷淡な上司」

①②③④のタイプは『感情移入型』
⑤は『リアリスト型』
意外にも『長の心得』の「冷淡で合理的」を体現している人物は⑤のひとりだけでした。

『長の心得』で、「冷淡で合理的」が推奨される理由を、日常に置き換えて考えてみました。

◆目の前の相手が悩んでいるとき、その悩みを自分のことのように受けとめて、一緒に酒を酌み交わし、慰め、励ましてくれる『感情移入型』の上司。
『感情移入型』は、個人的に興味のある相手に対して心を動かすので、ムードに流され公私混同する可能性があります。

◆目の前の相手が悩んでいるとき、その悩みをを分析して、いかに状況を改善しようかと考える『リアリスト型』の上司。
『リアリスト型』は、「組織にとって何が一番最善か」と感情に左右されず、中立な立場で悩みを解決してゆこうとします。
一見、人に興味を示さない冷淡な人に見えますが、感情で揺れ動くことが少ないので、公私混同の可能性は極めて低いと思われます。

公私混同を
「恋愛・不倫」
「贔屓」(ひいき)
「賄賂」(わいろ)
「特別待遇」
「差別」
「いじめ」
「安全(情報)管理の甘さ」
と置き換えてみるとわかりやすいかと思います。
つまり、公私混同は不祥事を引き起こしやすいことを意味します。

『長』が生身の人間とかかわる以上、個人的な感情の揺れは理性で抑えることが賢明だと『長の心得』は告げています。

逆説的に⑤の『リアリスト型』であることのほうが難しいということでしょう。
尊敬され、信頼できる人物とは、実は「冷淡で合理的」な人物だとタロットは暗喩しています。

2020年。
職場で人と人がコミュニケーションを取らなくても、リモートで業務が遂行されるようになりました。
それにしたがい『長」の役割は変わりつつあります。
そう遠くない未来、職種・業種によっては『感情移入型』の『長』は淘汰され、『リアリスト型』の『長』が生き残る形になるのではないかと思います。

難しいと思われていた『リアリスト型』の『長』が広く浸透すれば、不祥事が起きにくくなるメリットはあるでしょう。
そもそも『長の心得』などと戒めなくても、感情の揺れを見せる機会などなくなってくるかもしれません。

そういった意味で
『長の心得』の
「感情を揺さぶられないように」と
戒めが通用するうちは
人間味のある世界なのかもしれません。
誤解を恐れずにいえばドラマティック。

⑤の『リアリスト型』は
AI に限りなく近い存在なのかもしれません。
言い方を換えると
『長』の理想をAI が模倣してくれる。

はるか700年前からタロットの戒めとしてテーマになっていたものが、このような形で解決するとは、タロットの創作者も想像できなかったことでしょう。

私も、わずか半年前まで
『長の心得』が
急激に古めかしくなる世界がやってくるとは思っていませんでした。

そういった意味で
感情の揺れを
見ることができるのは
見せることができるのは
尊いことだと『長の心得』から私は思うのです。

 

写真:暮らしの道具吉山(株式会社吉山タンス店)
広島県福山市霞町3丁目4−24

暮らしの道具吉山