アイの行方。

アイとは何か?
そう問いかけられ、答えを導き出せないまま、40年もの時間が過ぎてしまいました。

2022年。
『楳図かずお大美術展』で、1980年代に描かれた『わたしは慎吾』の続編を拝読して、ようやくその答えを見つけだすことができました。

まだ幼く未熟な、近藤悟(さとる)と山本真鈴(まりん)は、ロボット工場で出逢い、惹かれあい、結婚を誓います。
しかし、周囲の大人達は小学生同士の恋愛に否定的で、愚かな子供達だと危険視し、ふたりは物理的に離されてしまうことになりました。
別れの日
ふたりは子供をつくれば、既成事実となり周囲に認めてもらえるのではないかと考えます。しかし子供のつくりかたがわかりません。

そこで、ロボットのモンローに
「?ドウスレバコドモガ
ツクレルカ」
と問いかけます。

モンローが出した答えは
333
テッペンカラ
トビウツレ」

ふたりは、「333」が何を意味するのか考え、東京タワーの高さが333メートルであることを確認します。

そして、ふたりは家出をして
東京タワーの展望台から非常階段へと進み、転落死の恐怖と戦いながら、てっぺんを目指して登り始めます。

東京の街に日が沈む光景を目前に
まりんはさとるに語りかけます。
「わたし達
もしかしたら
一生のうちで
今が
いちばん
しあわせなのかも
しれないわ‼︎

『わたしは慎吾』は、形式的にはロボット(コンピュータ)が自意識を持つ物語です。
まだパーソナルコンピュータが普及していない時代に、AIが普及した未来を予見した作品と言えばそうなのですが
「楳図かずお先生ともあろうかたが、単なる近未来をモチーフにしただけの作品を創作されるはずがない」
私は、そう思いながら、『わたしは慎吾』全編に散りばめられた【記号】を拾い、読み解く作業を続けました。
それらを読み解き、理解するまで、私には40年の時間が必要だったということです。

【記号】とは
例えば
東京タワーの正式名称は「日本電波塔」で、放送施設ですが
【東京タワー】=【ふたりのアイを試す場所】というふうに
東京タワーそのものが持っている意味(デノテーション)ではなく
別の意味をあらわす試み(コノテーション)を指します。

「東京タワーのてっぺんから飛び移れ」
というモンローからの情報を
疑うことなく
信じた
さとるとまりん。

私は
「東京タワー」
「てっぺん」
「飛び移れ」
という【記号】に
情報の危うさ
死のリスク
克服
というメッセージを受け取りました。
そこには、命に代えても何かを成し遂げたい人の想いがあります。

さとるとまりんが
ふたりの未来のために選択した
「東京タワー」に
私は、常識を逸脱した愚直さの象徴をみるのです。

疑うこと
警戒すること
損得勘定
駆け引き
合理性
条件付きで審判することは
ロボットの持つ聡明さです。

信じること
油断
献身
自己犠牲
不合理
無条件は
人間の持つ愚直さです。

楳図かずお先生は
人の持つ愚直さが
実は
いかに尊いかを教示されているようです。

大人達は
さとるとまりんが
不明瞭な情報を信じ
愚かな判断を下し
東京タワーを登る
奇異な行動
と解釈します。

しかし、一方のまりんは
まだほんの子供なのに
「一生のうちで、今がいちばん幸せなのかもしれないわ」
と、さとると一緒に過ごす時間に
幸せを見出します。

周りから愚かだと言われても
まりんは幸せを感じることができた。

未来が確約されていない
不明瞭なものに
エネルギーを注ぐことができるのは
ふたりの想いが本物だから。

アイの行方。

迷いなく選べること。
迷いなく選べる人。
愚かだと言われても
不明瞭な未来に
無条件でエネルギーを注げること。

これが40年の時間をかけて
導き出した
私の
アイの答えです。

 

『楳図かずお大美術展』
東京シティビュー(六本木ヒルズ 森タワー52階)
ZOKU-SHINGO 小さなロボット シンゴ美術館』
2022128日(金)〜325日(金)
展覧会公式サイト :https://umezz-art.jp/

『わたしは慎吾』2018年アングレーム国際漫画祭【遺産賞】受賞
ビッグコミック・スピリッツ1982.04.30日号-1986.09.01日号連載・著者:楳図かずお・発行所:株式会社小学館
第一巻2000.03.10初版第1刷発行第七巻2000.06.10初版第1刷発行