「なぜ、トムが私たちの婚約指輪を持っているの?」

遺書を残し、婚約者のマージの前から突然姿を消したたデッキー。
マージは偶然、トムの私物のなかに、ディッキーが「絶対に外さない」と誓ったはずの婚約指輪を発見します。
ディッキー失踪に、トムが関与しているのではないかと疑念を抱いたマージは、トムに指輪を入手した経緯を問いただします。

しかし、トムは
造船業界の重鎮グリーンリーフ氏(ディッキーの父親)と探偵の「言わない嘘」の加担により、窮地を逃れます。

その「言わない嘘」とは
ディッキーがプリンストン大学時代、ダンスパーティーで女の子を巡って、ある学生と喧嘩になり、傷害事件を起こしたこと。
相手の学生は、元の顔がわからなくなるほど大きな傷が残り、聴力を失ってしまったこと。

イタリア人女性の愛人から妊娠を告げられ、お金の援助を懇願されたとき、愛人を見捨てて入水自殺に追い込んでしまったこと。

財閥の御曹司であるディッキーの不祥事が、政財界でスキャンダルやゴシップになることを恐れて、父親がイタリアにディッキーを隔離していたこと。

ディッキーは、ただイタリアでバカンスを過ごしていた放蕩息子ではなかった。
全ては財閥の名誉と一族を守るための、父親の苦肉の策だった。

それらの「言わない嘘」は
最後まで
マージにはカミングアウトされませんでした。

トムもまた
グリーンリーフ氏からディッキーの傷害事件について伏せられたまま、イタリアに渡りました。
トムだけが
「偽りの自分」を生きていたのではなく
ディッキーもまた
「偽りの自分」を生きていたのです。

アンソニー・ミンゲラ監督・映画『リプリー』は「言わない嘘」が複雑に絡み合って、その世界が構築されています。

ものごとは単純に「表・裏」だけではなく、その「側面・内面」まであるということ。
私たちが
憧れ
尊敬し
恋する人でも
「その人を表向きの条件で審判していないか?」
「諸々の条件を払い退け、その人の内面までみえたとき、あなたならどうするか?」
映画『リプリー』は問いかけます。

ディッキーの婚約指輪を、トムが所持していることに納得できないマージ。
マージは真実を知らされないまま激昂して、トムに掴みかかります。
「ディッキーをどこにやったの?」
私は、その姿をみて、いたたまれない気持ちになります。

顔と聴力を失った学生
愛人とお腹の赤ちゃん
その家族や恋人、友人ら
たくさんの人々の悲しみの上に、マージの幸せはあったのです。

マージだけが幸せになることを、許せない人もいたでしょう。

激昂して、マージに掴みかかりたかった人もいたでしょう。
「なぜ、あなただけが幸せになれると思っているの?」と。

マージは、真実を知らされたほうがよかったのでしょうか?
私は、マージは「言わない嘘」に救われた人だと思います。
自分の幸せが、誰かの犠牲の上にあったことを知ることのほうが残酷です。
せめてマージには、イタリアで過ごしたデッキーとの思い出が、美しく輝いた瞬間のままであってほしい。
これは私の偏見ですが。

「言わない嘘」は
誰かを深く傷付けることもあり
そして
誰かを救うこともある。

マージは
私たち誰もが
「言わない嘘」の上に
生かされていることを
告げているようです。

 

『リプリー』The Talented Mr.Ripley 200085日公開
監督:アンソニー・ミンゲラ
原作:パトリシア・ハイスミス
編集 発行:松竹株式会社事業部

出演
トム・リプリー:マット・デイモン
ディッキー・グリーンリーフ:ジュード・ロウ
マージ・シャーウッド・グウィネス・パルトロウ
メレディス・ローグ:ケイト・ブランシェット

ハーバード・グリーンリーフ:ジェイムズ・レブホーン
ピーター・スミス・キングスリー:ジャック・ダベンポート