「3〜4分の曲を5秒くらいの一瞬で演奏してしまった」
シンセサイザー・プログラマー 松武秀樹氏のお言葉です。

松武秀樹氏は、1978年にYMO(Yellow Magic Orchestra)が結成された当初からマニピュレーター(機械の作業を実行するセクション)として楽曲制作やライブに参加され、「第4のYMO」としてご活躍されました。

松武秀樹氏は、ご自身が使用されていたシンセサイザー『MOOG 3-C』トランジスタ型は、非常に熱に弱く、熱を持ってしまうことでのトラブルは頻繁であったと振り返られます。

ステージで演奏中に「3〜4分の曲を、5秒くらいの一瞬で演奏してしまった」ことも、実はトラブルだったそうです。
それでも客席から歓声がわいたことから、「前衛的な音楽」と解釈され受け入れられたのではないか?というエピソードもお持ちです。

YMOを結成された細野晴臣氏は、コンピュータが演奏することについて
「ミュージシャンの意識から言うと、非常に画期的なことで、それはなぜかって言うと、自分が演奏しなくても音楽ができてしまう。
特に演奏家にとっては、ショックだと思う」
と語られています。

コンピュータの演奏は
人の技術では不可能な速さまで演奏できること
その場にない楽器の音色を再現できること
乱れることなく安定したリズムを永遠に演奏できることなど
音楽の可能性を無限に広げてくれます。

しかし、この度
そこに
コンピュータの
「偶発性」
「一回性」
が存在していたことを知り、私は非常に驚きました。

『MOOG 3-C』の機能は
「その日、行ってみないとわからない」
「同じ音が作れない」
「一回作ったら、もう、はい、それで終わり」
という曖昧さと不明瞭さがあったそうです。

松武秀樹氏が
「ステージでは、何かトラブルが起きても全然こわくない」
「俺じゃない!」
と言えるほど、『MOOG 3-C』の機能は予測できなかったそうです。

安定の象徴であると思っていたコンピュータに、「偶発性」「一回性」があったことに、なぜだか私は安堵するのです。
それは、楽器本来の持つ曖昧さと不明瞭さに共通するものがあると感じるからです。

日本のロック史においては”事件”と言われたYMOと伝説のシンセサイザー『MOOG 3-C』。
その機能が、現在では MOOG社公式アプリ『MOOG 15』として販売され、スマホで簡単に利用できるようになりました。

また、松武秀樹氏は1979年に発表した『謎の無限音階』では、「耳の錯覚が起こせる」という制作意図を「エッシャー の”だまし絵”に曲がつけられる」と説明されています。
この発想から生まれた曲は、後に細野晴臣氏との合作品として、YMOのアルバムに収録されることにもなりました。

そして、演奏者も
『細野晴臣』
『高橋幸宏』
『坂本龍一』
『松武秀樹』
それぞれに、お互い相容れないほどの強烈な才能をもった個人。
それぞれの、個々の才能を融合させた細野晴臣氏。

細野晴臣氏の
『人』と『テクノロジー』
『楽器』と『コンピュータ』
『過去』と『未来』
『絵画』と『音楽』
『才能』と『才能』
「性質の違うものを融合させて、新しい物質を生み出す」発想は『錬金術』から引き継がれているものだと拝察いたします。

YMOの結成そのものが、私は魔法のようだと感じるのです。
曖昧さも不明瞭さも溶かし込み
偶発的な、一回しか起きないものの価値を知るのです。

「性質の違うものを融合させて、新しい物質を生み出す」
これらの稀有な魔術の実験をされた細野晴臣氏を、私は本気で「魔術師」「錬金術師」だと思うのです。

 

写真:『イエロー・マジック・オーケストラ』Yellow Magic Orchestra 1978.11.25 アルファレコード株式会社・販売元:ワーナー・パイオニア株式会社
NHK Eテレ『B面ベイビー!』「ナイツ・塙宣之が語りたい”YMOとテクノ”の時代」2020.09.17 放送