『あなたが大切にしているものを私も大切にしたい』

アンデルセン童話の『人魚姫』の物語を数十年ぶりに読み返し、子供の頃には気づけなかったディテールに驚かされ、あらためてこの物語が伝えたかったメッセージが何であったのか 思いめぐらせています。

海の王の末娘(人魚姫)は、嵐で難破した船から意識を失った王子を救いだし、教会の佇む静かな入江の浜まで運びあげます。
教会の修道女が浜に打ち上げられた王子を発見し保護しますが、王子はその修道女が命の恩人であると信じて想いを募らせます。
人魚姫もまた王子を慕い、人間になりたいと切望し、二本の脚と引き換えに
《声を失うこと》
《歩くたびに剣で切られるような痛みを伴うこと》
《人間から愛されなければ海の泡となって消えること》
これらの条件を了承することを誓い、魔女と契約を結びます。
二本の脚を得た人魚姫は王子との再会を果たしますが、王子は人魚姫に忘れられない命の恩人(と思い込んでいる)修道女の姿を重ねます。
神に仕える修道女との恋愛は成就しないと悟った王子は、人魚姫との結婚を考えはじめますが、国策として隣国の姫との縁談が持ちあがります。
隣国の姫は、教養を身につけるため かつて教会に務めていた修道女であり、遭難した王子を保護した人物であったことが判明します。
王子はあきらめかけていた恋愛が成就したと喜んで、隣国の姫を花嫁として迎えることを快諾します。
人魚姫は何も語ることができなく、翌朝には海の泡となって消える覚悟を決めます。
人魚姫の命を案じる五人の姉たちが、自分たちの美しい髪と引き換えに魔女から譲りうけた短剣を差し出し「王子の胸を刺し、その心臓から流れる血が脚にかかると人魚に戻れる」と説得しますが、人魚姫は王子を刺すことができず、短剣を捨てて海へと身を投じます。
人魚姫は海の泡となるさなか、空気の精霊たちから不死の魂を得るための導きを得て、精霊たちとともに風に乗り(人間には見えない姿で)
花嫁の額に祝福のキスをし、王子に微笑みかけ立ち去ってゆきます。

『人魚姫』の物語を、人魚姫と王子の視点から眺めたときに、
人魚姫は「たった一日でも人間になれるなら、私が授かった300年という寿命を残らず捨てても惜しいとは思いません」という情熱を貫き人間に姿を変えました。

しかし
王子が人魚姫を「拾いっ子」と呼んでいたことからも、人魚姫が女奴隷たちと一緒に踊りを披露することからも、「夜の褥(しとね)を許された」という表現からも、「僕がこの世でいちばん愛しく思うのは、ただその修道女ひとりきりだ」と王子が平然と語ることからも
人魚姫は宮廷恋愛の寵姫(侍女)のひとりとして王子のそばに置かれていたことがわかります。

王子の心の中には自分ではない誰かが住んでいるとわかっていながら
王子の前では羽根が生えたように(剣で切られるような痛みを伴いながら)舞い続ける人魚姫の純真さと強さが、読む者を切なくさせます。

そして
最期に人魚姫が
恋敵であるはずの花嫁の額にキスする場面では
『あなたが大切にしているものを私も大切にしたい』
王子に対する想い
ただ、それだけだったのではないかと私は思うのです。

タロットにも「報われない恋」を意味する札がいくつかあります。
片想い
身分違いの恋
両家の反対
恋敵の出現
秘密の恋
不倫
横恋慕 など
人魚姫のように言葉にできない沈黙を強いられる心模様をあらわし、「報われない恋」を愛に昇華させるまでの経緯にどれほどの葛藤があるかをみせてくれます。

人魚姫は本来、人間ではなかったため妖魚に分類され、人間のように不死の魂(輪廻転生)を持ってはいませんでしたが、人魚姫が人間界で《葛藤と愛》を学んだことにより人間と同等の魂を得ることができたと暗喩されています。
『人魚姫』の物語が伝えたかったメッセージとは「葛藤の果てに私たちが愛を習得できるかどうか」を問いかけているようです。

あなたを選ばなかった相手。
あなたを選べなかった相手。
その相手を憎むことではなく
その相手のパートナーに嫉妬することではなく
『あなたが大切にしているものを私も大切にしたい』と言えるようになったときが
「報われない恋」の存在する意義なのかもしれません。

『あなたが大切にしているものを私も大切にしたい』
そう言えるようになったとき
私たちは人魚姫と同じように《葛藤と愛》の学びを修了して、祝福を授かれるのではないでしょうか。

「報われない恋」を前に言葉なく立ち尽くしているとき、憎しみや嫉妬で心が消耗しそうになったとき、タロットであなたの《葛藤と愛》の姿を客観的にみていただき、どのような心持ちが愛へと導いてくれるのかヒントにしていただければ幸いです。
あなたの「報われない恋」にも意味があったのだと、そう思える日がやってくることを願っています。

 

『完訳 アンデルセン童話集 ① 』1984.5.16 改版第1刷発行・訳者:大畑末吉・発行所:株式会社 岩波書店