「未完の手稿・未来の日付から」坂本龍一

Hi’お元気?
誰からの手紙だろう、と不審に思っているかも知れないけれど、僕は怪しい者じゃない。
それにもし怪しい者だとしても手紙で危害を加えることはできないので安心してくれていいよ。
といっても未だ君は僕の素性を知らないので
簡単には安心はできないだろうけど。
おいおい分かってくるはずさ。
元来、僕は手紙を書くなんて習慣はないんだ。
手紙を書いてまでコミュニケーションしたい相手なんてそうざらにいやしない。
君だって同じだろう?
年賀状の返事を、それもたった十枚書くのに一月も遅れてしまうたちなんだよね、君は。
僕も同じさ。
前はその返事も書かなかった。
だけど、さすがの僕も三十を過ぎると、数少ない友達の様なものは大事にしたくなってくる。
大事といっても年賀状の返事を書くといった程度だけどね。
その僕がわざわざこんな手紙を君に書いているなんて変だと思わないか。
実はとっても手紙を書きたくなったんだけど、相手がいなかったんだ。
それでよく考えてみた。
何日か考えたよ。
もちろんその間にレコードも聞いたし、ビールも飲んだ。
そして段々分かってきた、手紙の相手がね。
君だったんだ。
君しかいなかった。

だけど君は一人じゃない。
無限の君がいる。
だから選ぶのに苦労したよ、君をね。
どうやって君を選んだのか聞きたくないかい?
まあ聞いてくれよ。
君は無限にいる。
これは困る。
だってそうだろう。
手紙を書く相手が無限にいちゃあ無限に手紙を書かなくちゃならない。
もちろん君も僕も無限の時間なんてもっちゃあいない。
そこで考えた。
君は一人だ。
現在の僕という一人の君だ。
僕の手紙の相手……。
:坂本龍一

YMO 『SEALED』
『写楽』特別編集
発行日:1984(昭和59)年3月25日 第1刷
発行所:株式会社 小学館