「道に迷ったから、事故に遭わずに済んだね」
まだ、カーナビが普及していない昭和時代、道を間違えたとき、このような言葉がけをしてくださるご年配の方がいらっしゃいました。
運転手も焦らずに済み、車内の雰囲気も和み「魔法の言葉」のように感じたものです。
タロットには「待機して痛手を避ける」という意味の札があります。
例えば
◆一日の仕事を終えて、帰宅途中にコンビニに寄りました。
コンビニで買い物を済ませて、自宅に向かう途中で交通事故に遭ったとき
私たちは
「今日、コンビニに寄らず、真っ直ぐ帰宅しておけば交通事故に遭わずに済んだ」と言います。
◆一日の仕事を終えて、帰宅途中にコンビニに寄りました。
コンビニで買い物を済ませて、無事に自宅に到着したとき
私たちは
「今日、コンビニに寄ったから、交通事故に遭わずに済んだ」とは言いません。
このように
『無事に何事もなかった』とき、コンビニに寄ったことで、何かを避けて通ったことには気付きにくいものです。
この『コンビニに寄った』ことを
「停滞」
「キャンセル」
「遅延」
「寄り道」
「待機」
と言い換えてみてはいかがでしょうか。
私たちが日常を送るなかで
病気
休職
退職
不登校
ひきこもり
第一志望ではない進路
中退など
つまずいたり遅れたりすることで、何かしらの事故を避けている可能性はあるのです。
ただ、私はこの札を読むとき
私自身がなんとなく
この札が「可能性の話」だとは思ってもいても
『コンビニに寄った』ことと『無事に何事もなかった』ことの因果関係の証明ができないことに内心困っていました。
それは
1909年
ウェイト版タロットが創作された頃はおそらく
「未来は見えている」前提の道具としてタロットが存在していたからだと思われます。
「未来は見えている」研究は、中世のヨーロッパで盛んに行われました。
1812年(日本では 文化9年・江戸時代中期頃)
「もしも、ある瞬間における全ての物質の力学的状態と力を知ることができ、かつ、もし、それらのデータを分析できるだけの能力の『知性』が存在するとすれば、この『知性』にとっては、不確実なことは何もなくなり、その目には未来も(同時に過去も)全て見えているであろう」
という、確率の解析をした研究論文が発表され、センセーショナルを巻き起こしました。
ここで言われる『知性』とは、現代の『AI』と言い換えたらわかりやすいかと思います。
20世紀初頭、この論文は
「あなたがそのとき、どのような行動をとるのか?」は予測不可能(原子の位置と運動量の両方を同時に知ることは原理的に不可能)であることが明らかになり、否定されることとなりました。
2021年以降
次世代都市 Woven City のようなシステムが完備されれば、「コンビニに寄ったことで事故を避けられた」と、自動車運転システムについては因果関係の説明ができるようになるかもしれません。
スマホなどで、ビッグデータを採取することが可能になった現代以降、過去のデータをもとに、かなり高い確率で未来を予測できるようになると想像します。
しかし
生身の人間の行動は一瞬で変わる。
体調で変わる。
メンタルで変わる。
天候で変わる。
立地で変わる。
時刻で変わる。
音(音楽)で変わる。
香りで変わる。
味覚で変わる。
目に映ったもので変わる。
触れて変わる。
言葉で変わる。
誰かの存在で変わる。
「人の行動は予測不可能」
『コンビニに寄った』ことと『無事に何事もなかった』ことの因果関係の証明はできない。
私をふくめ、タロットを読む人が一度はつまずき、困ってしまうのも当然だったのです。
証明はできないけれど、その『コンビニに寄った』選択肢が事故に遭う確率を下げている可能性はあった。
「道に迷ったから、事故に遭わずに済んだ」
「休職したから、自殺しないで済んだ」
「退職したから、不祥事に巻き込まれずに済んだ」
「第一志望でない進路だから、挫けずに済んだ」
事故に遭う確率を下げているなら「待機して痛手を避ける」ことも選択肢として、非常に有効だということです。
つまずいたり
遅れたりすること。
あなたは気付かないけれど
実は「痛手を避けている」。
過去のデータと照らしあわせても、その選択肢は非常に有効だった。
過去のデータをもとに未来を予測すること。
もはや『AI』にタロットが敵わないことは重々承知しています。
タロットがカバーできるのは、未来を変える可能性を秘めた
「あなたの心の内にあるもの」を提示することだけです。
冒頭の
「道に迷ったから、事故に遭わずに済んだね」は
たんなる慰めの言葉ではなく、案外に真理なのかなとも思うのです。
タロットを前に
いつも何かをこじらせている私ですが
「魔法の言葉」という不明瞭さも、ここにきて好きになったりするのです。
写真:坂本龍一 Media Bahn Tour Programme 1986.04.21