「ものづくりの先輩として、もっと話を聞いておけばよかった」

三島由紀夫、野間宏、椎名麟三、水上勉らを育てた『伝説の編集者・坂本一亀』をお父様にもつ、坂本龍一氏のお言葉です。

編集者という、表に出ない裏方の仕事を選んだお父様を、アノニマス(anonymous =匿名性)の人として、尊敬されているお気持ちがあらわれています。

坂本龍一氏は、「エリートの父に対してコンプレックスを持っていた。子供の頃は父と目を合わすことが怖くて、会話は母経由であった」と語られています。
このような親子関係にあるなかで、坂本龍一氏が、初めてお父様に反抗できたのは、1987年に発売されたアルバム『NEO GEO』に、沖縄民謡を収録したことを咎められたときだそうです。

「オマエの曲じゃないだろう!」
と仰るお父様に
「オレの曲だ‼︎
と反論ができた。

坂本龍一氏は以前にも、舞台演出で女装したことに対して、お父様から「オレは、オマエを客寄せピエロに育てたわけではない」と咎められた経緯がありました。1988年映画『ラストエンペラー』でアカデミー賞・作曲賞を受賞したときも、お父様からお褒めの言葉はありませんでした。
坂本龍一氏は、「自分は、父親から正当に評価されていない」と長い間感じられていたのです。

しかし、お父様がご逝去された後、出版社の編集室から大量のノートが発見されました。それは「オレたちひょうきん族」など、坂本龍一氏が出演されたバラエティ番組の新聞のテレビ欄を切り抜き、ノートに貼って保存している資料でした。
他にも、新聞や雑誌の切り抜きを貼ったノートは十数冊にも及び、お父様が大切だと思われる箇所には、赤ペンでアンダーラインまで引いてありました。

「愛することも、愛されることも、不器用な人だった」
坂本龍一氏はそう回想されます。

編集者という、アノニマスを通じて
「見えないところでこそ、心を尽くすこと」
その大切さを知る一冊です。

 

『伝説の編集者 坂本一亀とその時代』著者:田邊園子・発行者:小野寺優・発行所:株式会社 河出書房新社 2018.04.30初版発行

坂本一亀(Kazuki Sakamoto)1921.12.08 – 2002.9.28

NEO GEO』坂本龍一:1987.07.01発売

60回アカデミー賞:1988.04.11
『ラストエンペラー』監督:ベルナルド・ベルトルッチ・音楽:坂本龍一