『赤い人民服?』

YMOYellow Magic Orchestra
1979年発売セカンドアルバム
SOLID STATE SURVIVOR』のLPレコードを手にしたときの戸惑いの感覚は、今も鮮明におぼえています。

『赤い人民服』を着用した細野晴臣・高橋幸宏・坂本龍一 氏ら3人が、マネキン人形2体と麻雀卓を囲んでいる。
背景は黄緑色。
「赤×黄緑色」の補色コントラストが際立つ配色は、東洋のどこかをイメージさせるけれど、日本ではない。

当時中学2年生だった私でも、じゅうぶん「インチキ」と認識できる禍々しさ。
語彙力が少ない14歳が、精一杯考えて表現するなら、人工甘味料チクロのような中毒性。

細野晴臣氏は
「インチキだとか、胡散臭いとかいわれていたような、排除されていた思想が新鮮に映る」
「赤い人民服は、欧米から見た日本の、間違ったイメージを敢えて採用した」と語られています。

そこには
「本物」が正しくて
「偽物」は間違っている
という二極の原理ではなく
「限りなくオリジナルに近いもの」と
「オリジナルには程遠いもの」という
本物を知っているからこそ、偽物がつくれるというロジックが存在します。

細野晴臣氏はYMOで、本物の楽器の音をコンピュータで再現する実験を行いました。
例えば、三線(さんしん)の音をコンピュータで再現できたとしても、音が安定しすぎる。
本物の三線の音色は
梅雨の時期の湿度や
部屋に居る人数(着物が音を吸収して響かなくなるため)
屋外演奏の環境
演奏者の個性など
諸々のコンディションで変わってくる。
細野晴臣氏が「インチキ」について語られる背景には、そうした本物の三線に対するリスペクトがあるからこそです。

私は、細野晴臣氏の「インチキ」という言葉から、タロットの「贋作」という意味の札を想起しました。

古来より1970年代頃まで
贋札つくりの職人が、本物(オリジナル)を超えて、美しい紙幣の原盤を作ってしまうことが、数多く報告されています。
「贋札を見抜くには、綺麗に作ってあるものから疑う」という証言もあります。

贋札つくりは違法で、職人も罪に問われ、贋札に効力はない。
しかし、「本物より美しい紙幣」は確かに存在する。
それは、職人が本物の紙幣を超えるほどの洞察力と技術を持っている証明でもあるのです。

「贋作はけしからん」ではなく、贋作そのものを評価できる審美眼を持てるかどうか?タロットは問いかけています。

贋作の時代から
電子計算機の時代を経て
コピー
フェイク
イミテーション
アーティフィシャル(人造)
CG
VOCALOID
オートパイロット(自動運転)など
現代では、あらゆる分野のものが
本物に近付き、超えて
構築されつつあります。

音楽も、リミックスやリマスタリングなど
オリジナルに何かを「掛け合わせたり、引いたり、溶かし込む」楽しみ方も普及しました。

明東館で使用している『ウェイト版』タロットも、厳密に言えば大量印刷技術の恩恵を授かった複製(コピー)です。
原文を日本語に翻訳して、意訳で伝えているため(翻訳の翻訳)、オリジナルを100%で再現できないという意味では、本物にはなり得ません。

『赤い人民服』から43年が経過して
もはや、オリジナルを見つけることのほうが難しいのではないかとさえ思ってしまいます。

しかし
私は、本物にほんのわずかでも近付きたい。
そして、オリジナルに近付けようとする人の心は、皆んな本物なのだと信じたいのです。

自分が「インチキ」なものを扱っている自覚を堂々と持つことは、オリジナルに対して
常に謙虚であると『赤い人民服』は告げてくれるようです。

 

『チクロ』(サイクラミン酸ナトリウム):人工甘味料。甘さは砂糖の30倍から50倍。
日本では1969年に使用禁止。

SOLID STATE SURVIVOR』アルファレコード株式会社・発売元:ビクター音楽産業株式会社1979.09.25

細野晴臣インタビュー『THE ENDLESS TALKING』著者:細野晴臣 北中正和
平凡社 2005.09.01

『細野観光 1969 – 2019』細野晴臣デビュー50周年記念展・六本木ヒルズ展望台 東京シティビュー・スカイギャラリー2019.10.04-2019.11.04