「あれ?スマホがない!」

JR有楽町駅・中央口前
東京都指定旧跡『南町奉行所跡』の石碑の写真を撮ろうとして、鞄をあけたとき、スマホがないことに気付きました。

所用で、有楽町・東京交通会館に訪問したのち、福山へ帰るため品川駅へ向かおうとした矢先の出来事でした。
すぐに東京交通会館に引き返して、スマホは無事に手元に戻ってきました。

移動中はスマホを鞄から取り出さない習慣の私は、この石碑の写真を撮ろうとしない限り、次にスマホを取り出すのは品川駅を出発したあとの、東海道新幹線の車中のはずでした。
おそらく多摩川を越えたあたりで、ようやくスマホがないことに気付き、非常に狼狽えたでしょう。
スマホと失ったデータの復元に費やしたであろう時間と労力、復元できなかった大切なデータを想像すると、石碑にお辞儀をせずにはいられませんでした。

しかし
福山に帰宅して、石碑の写真を改めてよく見ると、なにか取手のようなものが付属し、電源ケーブルが繋がっていている。
おそらく配電盤ではないかと思われます。
ここで初めて、お辞儀をしたのが石碑ではなかったことに気付くのです。

あまりの驚きに、思わず東京在住の友人に写真を確認してもらったほどです。
どうみても石碑でない結論に至って、私は「思い込み」について考えてみました。

私が石碑で足を止めた理由として
南町奉行所にものすごく熱烈な思い入れがあったわけではなく
たまたま、子供の頃にテレビドラマ『大岡越前』を亡祖父と鑑賞していたことが、淡く記憶に残っていたに過ぎません。

『南町奉行所』という文字に
たまたま『大岡越前』を想起して
一瞬、立ち止まった。
その一瞬が、スマホがないことに気付かせてくれた。
そのとき
石碑が配電盤だと知っていたら
配電盤の文字が日本語でなかったら
あるいは配電盤そのものの形態なら
立ち止まることはなかったかも知れません。

知らないこと
確認しないこと
思い込み
臆見
それらは
愚かなことだと、認識しがちです。

しかし、私は
「思い込み」に助けられた。

この感覚は、どこかで経験している。
そうでした。
明東館こそ
「思い込み」の産物でした。

そして私は、10年前の「思い込み」を鮮明に思い出すのです。

20111012
NHK『歴史秘話ヒストリア』
「颯爽登場!妖怪博士の不思議な世界・井上円了」の放送回を拝見して
私は
「迷雲を払いて真月を見よ。盲眼を拭て真怪に接せよ」
という、井上円了先生のお言葉にあるキーワード「真月」(しんげつ)を新月(しんげつ)と、思い込んで受け取っていました。

「新月は、そこになにも見えない。
しかし
月そのものが
無くなってしまっているわけではない。
そこに必ずあるものを
心の目で見なさい」
畏れ多くも、私はそう解釈して、タロットを読むこととの共通点を見出したのです。

迷雲を払いて新月を見よ
“ Remove the cloud of doubts, Look at the new moon. ”
明東館の理念として掲げることで、大きな原動力となり2013年のオープンに至りました。

しかし、井上円了先生の『妖怪学全集』を僅差で購入して、そのお言葉を確認すると
新月ではなく「真月」だった。
そのときの驚きも相当なもので
私の解釈は、やや拗らせていたことが判明したのです。

それでは、明東館オープンまでの情熱は嘘になるのか?
いいえ。
新月だと思い込んで、原動力となったことは紛れもない事実です。

皮肉なことに『妖怪学全集』で
「真月」と同時に
「誤怪」(ごかい)という概念も知るのです。
「誤怪」とは、偶然見かけたものを見誤り、妖怪と認識してしまう、偶然的妖怪を指します。それは、正しい情報を得れば、何も怖がることはないと教示しています。

逆説的に
「思い込み」だったとしても
それを信じるなら
それはその人にとって
本物に値すると
「誤怪」は告げています。

大勢の人々が行き交う駅前で
電源盤にお辞儀をする私の姿は
滑稽かもしれません。
しかし
私には、そうしたい理由があった。
頭をさげて
お辞儀をする
本物の心があった。

誰かの心の中にある
信じるものを
否定する理由は
誰にもないと
『南町奉行所跡』は改めて気付かせてくれました。

そして
「思い込み」という
「誤怪」を経験して
超自然的な力の存在を反証できない私。

反証できる可能性は【科学】
反証できない可能性は【非科学】

非科学的だとわかっていても
『南町奉行所跡』には
妖怪が宿っていると信じたい私がいるのです。

その妖怪は
「立派な石碑だろうが
粗末な配電盤だろうが
姿かたちは関係ない。
姿かたちに惑わされるな。
心を込めて
お辞儀をしたことに
本物の意味がある」
と体現しながら
今日も有楽町に立っているのではないでしょうか。

 

井上円了 1858318日(安政524日)-1919年(大正866日)
『妖怪学全集 』第11999331日第1刷発行・第21999331日第1刷発行・第31999430日第1刷発行・第4 2000320日第1刷発行・第5 2000510日第1刷発行・第6 200165日第1刷発行
編者:東洋大学 井上円了記念学術センター ・発行者:芳賀 啓・発行所:柏書房株式会社

『歴史秘話ヒストリア』井上円了
発行:NHKエンタープライズ 2012東洋大学創立125周年記念DVD(非売品)

『南町奉行所』〒100-0006 東京都千代田区有楽町2-9-18
大岡越前守忠相:大岡忠相(おおおか ただすけ)1677-1751