「テレビをごらんの全国のみなさま‼︎
わたしにも、ここにいる
この子たちと
同じ年ごろの
男の子がいます。

名前を
高松翔といいます‼︎

翔は
大和小学校の
みんなといっしょに
未来に行って
しまいました‼︎

どうか
日本中の
みなさん‼︎

世界中の
みなさん!
力をおかしください‼︎

翔たちが
帰るようにと
…………
心で強く
念じて
ください‼︎

テレビ歌番組の生放送中、スタジオに乱入して司会者からマイクを奪い、全国の視聴者に向けて切々と訴える女性。

その女性は
高松翔の母親・恵美子。

司会者も出演中のアイドルも、テレビ局のスタッフも、恵美子の姿に圧倒され、電波ジャックを阻止することができませんでした。

恵美子は
どこか遠い場所にいる
翔からの
「日本中の人にも
ぼくたちが
帰るようにと
思うように
お願いしてください‼︎
というメッセージを感じとり
その願いを日本中の人々に届けたい一心で
テレビ局に向かい、メッセージを発信します。
リアルタイムで一般人がメッセージを発信するためには、電波ジャックしかない時代でした。

恵美子は、この日に至るまで
慰霊碑の器物破損
タクシーの無賃乗車
京王プラザホテルの客室に乱入
特定の病院に入院するための自傷行為
遺体安置所の遺体に無断で手術
など、いわゆる罪に問われる行為を繰り返します。

私は、その中でも
恵美子が
ペストの薬を確保するため
町中の薬局を訪ね
市販されていない
ストレプトマイシンを購入しようとして
狂人と呼ばれる場面に心を打たれるのです。

降りしきる雨の中
薬局から薬局へと
ストレプトマイシンを探して彷徨う恵美子。
その姿は鬼気迫るものがあり
常識を逸脱してでも
他者のためにエネルギーを費やす
自己犠牲の象徴を、私は見るのです。

『漂流教室』は
文明の崩壊によって滅び、砂漠化した未来の世界に、大和小学校の生徒と教員合わせて862名が時空を超えて移動する物語です。
大人である教員たちは想定を超えた世界に適合できず自死し、小学1年生から6年生までの子供たちだけが校舎と共に取り残されてしまいます。
突如学校が消え、子供たちを失った親たちは、絶望の淵に立たされます。

しかし、恵美子は
ときおり感じる
翔からのエマージェンシーコールが自らの妄想ではなく、現実だと確信することを幾度も経験します。
恵美子の常識を逸脱した行為は全て、「翔たちを危機から救いたい」想いからのものでした。

恵美子は
現在を変えることで子供たちのいる未来が変わることを確信して、わずかな可能性に賭けて、救済に通じるであろう行動を起こします。

それがときに
他者から非難されようが
禁止された行為であろうが
迷いなく選び続けます。

かたや
砂漠化した未来に置かれた翔たちの学校では、給食室の食糧や、プールの水も尽きはじめ、限られた資源で生きてゆく限界がみえ始めました。

子供たちの心に
飢餓に対する恐怖心が芽生え
疑心暗鬼になり
混乱
略奪
暴行
殺戮が始まります。

烏合の集と化した群衆の
秩序を回復させ
学校の自治を維持管理するためのシステムを翔たちは考えます。
総理大臣
厚生大臣
防衛大臣
文部大臣など
管理者となる7人を選出し
「意見の違う二人以上の人の間にはイデオロギーが介在する」
という理念を、翔たちは体感しながら模索し、築き上げてゆきます。

さらに
ペストの流行
未来生物の襲来
未来植物の出現
地殻変動
天候などの
外的要因を防ぐスキルの必要性。

外科手術の知識
薬学の知識
農学の知識
工学の知識
心の知識などの
個人に求められるスキルの必要性。

翔たちは
次々とあらわれる新たなな試練に対峙し、それを克服するための専門分野のエキスパートを養成する発想に至ります。

しかし
人々が生きてゆくうえで必要な
創造
生産
維持
管理
継承
それらの原動力は
単純に
システムや
エキスパートの
スキルの問題ではなく
「自分ではなく、誰かのために」
という
人の想いが世界を構築していると、翔たちは学んでゆきます。

そして
翔たちと並行するように
「自分ではなく、誰かのために」
エネルギーを注ぎ続ける恵美子。

その想いは
ついに
人工衛星が、翔たちをキャッチする未来にまで繋がります。

人の想いが世界を構築していることを
ふたりは
物理的にも
時間的にも離れていながら
共有します。

報われると約束できないものに
エネルギーを注ぎ続けるふたりの姿は
美しいと信じられますように。

恵美子の想いが
今、私たちが生きている世界で
報われますように。

今、生きている私たちの選択が
未来の子供たちの
幸せに繋がりますように。

そう祈らずにはいられない
2022年快晴の冬の一日でした。

 

『楳図かずお大美術展』
東京シティビュー(六本木ヒルズ 森タワー52階)
ZOKU-SHINGO 小さなロボット シンゴ美術館』
2022128日(金)〜325日(金)
展覧会公式サイト :https://umezz-art.jp/

『漂流教室』楳図かずお
週刊少年サンデー:小学館1972年(第23号)〜1974年(第27号)連載
【スーパービジュアル・コミックス
①「とざされた世界」19931115 初版第1刷発行
②「大和小学校国の門出」19931215 初版第1刷発行
③「時をへだてて」1994115 初版第1刷発行
④「滅亡の記録」1994215 初版第1刷発行
⑤「漂流の果てに」1994315 初版第1刷発行
著者・楳図かずお :発行者・鈴木俊彦 :発売元・株式会社 小学館