そして、もし私が
吉野愛子から
「シャンペンだけが人生だと思う?」
と問いかけられたら、何と答えるでしょうか。

私は、お酒が飲めないので、シャンパンについて語ることはできませんが、シャンパンが「輝ける時間の象徴」だとすれば、例えば、桜の花を「輝ける時間の象徴」としてお話しさせていただきます。

あなたの
「シャンペンだけが人生だと思う?」という問いかけは
「満開の桜だけが、桜だと思う?」と言い換えることができます。

満開の桜は、多くの人を華やかせ、ときめかせます。
しかし
満開の桜だけでなく、花びらが散るときも
さくらんぼの実が落ちてくるときも
青葉のしげるときも
紅葉も
冬枯れも
花が咲く前のつぼみも
どれも桜です。

どの桜の時期でも
どの桜の姿でも
それぞれに輝いています。
それを、あなたが気付けるかどうかだけの問題なのです。

それに気付けたら
どの時間も
どの姿も
尊いと知ることができます。

桜が満開になるまでの
待ち時間も
尊いと知れば
待ち時間こそが
人生だとも思えてきます。

あなたが過ごした待ち時間は、無駄ではなかった。
これから
あなたが過ごす待ち時間を、有意義にしてほしい。

そして
輝ける才能を持った桜を
どこに植えるか?
不倫の環境は
あなたが変えることができるのです。

あなたの部屋の窓に、黒い紙が貼ってあるように、一生、陽のあたらない日陰で咲かせるのか?
あなたにその覚悟があるなら、その桜もまた輝いているのでしょう。

その日陰で、自分の幸せそうな姿を、相手に見せ続ける自信があるなら、それもあなたの人生でしょう。

ただ私は
輝ける才能を持った桜を、環境によって、弱らせたり、枯らせたりしたくはないのです。

あなた本来の輝きが
発揮できる環境があるなら
あなたは選べる。

どうか、あなた本来の輝きが
発揮できますように。

 

『テニスボーイの憂鬱・上巻』『テニスボーイの憂鬱・下巻』1987年(昭和62年)10月25日第一刷発行・著者:村上龍・発行所:株式会社 集英社