「おい!この人、女ひとりだから乗せてやってくれ!」
「おい!そこの人!早くこっち来い!」

そう大声で怒鳴って、その見知らぬ会社員風の中年男性は
新大阪駅発・最終便の『さくら』に、私を押し込みました。
その間、わずか20秒ほどの
ほんの一瞬の出来事でした。

平成24年(2012年)4月2日・月曜日。
東京での所用を終えて
JR新幹線で福山への帰路の途中
春の吹雪に遭い、のぞみ号は米原で緊急停車しました。

その後、新大阪駅まで徐行運転で到着しましたが、博多・広島方面へは運転見合わせと判断され、全ての乗客が新大阪駅で下車する事態になりました。

新大阪駅の構内は利用客で埋め尽くされ、
周りのビジネスマンの方々は、携帯電話で急遽今夜の宿泊のためのホテルの予約を取ろうとされていましたが、電話がつながらない様子でした。

在来線も全て運転見合わせで、運転再開の予定は未定。
地下鉄へ連結する改札口も大混雑で、宿泊先が定まっていない以上、新大阪駅の構内から出ることが困難に思われました。

私は「新大阪駅の構内で一泊することになるのかな」と、ぼんやり通路に立って考えるなか、2時間半が過ぎた頃、広島方面への運転再開のアナウンスがありました。
ホームまで上がってみましたが、どこが列の先頭で、どこが最後尾かわからないほどの混雑で、ホームに停車している新幹線は、『さくら』でしたが、何号かも不明。すでに私の持っている のぞみ号の指定席券も無効。

しばらくして
《新大阪駅発・さくら号・広島駅まで各駅停車で運行》と、1便が広島行きの最終列車として発車することになりました。
乗車を半ば諦めていたとき、乗降口付近にいた
中年男性が、デッキの乗客に

「おい!この人、女ひとりだから乗せてやってくれ!」

と、大声で怒鳴り

「おい!そこの人!早くこっち来い!」

と、怒鳴りながら
私にお声をかけてくださったのです。

一瞬、私のことを指されているとは理解できず、私は周りに女性がいるか確認したほどです。

すると、ホームに並んでいる方々が通り道を空け、デッキにいた方々が奥に詰めて、ひとりぶんのスペースを確保してくださったのです。

中年男性の方は
「駅の構内での宿泊は、この人は無理だろう」
と、私の状況を想像されたのかもしれません。
あるいは、お連れの方が大勢いらして、全員が乗車できないと判断されるなかで 偶然、私が視界に入ってしまい
とっさに言葉が口から出てしまったのかもれません。

どのタイミングで私が一人だと確認されたのかは不明ですが
乗降口の位置からは、その中年男性が先頭でしたので、その方が乗車することも可能だったはずなのです。

その権利を
譲ってくださった。

ホームに並んでいる乗客の方々が、誰ひとり反論することなく通り道を空けてくださった。

デッキにいた乗客の方々も、誰ひとり反論することなくスペースを確保してくださった。

中年男性にも、ホームの乗客の方々にも
お礼を申し上げる間もなくドアが閉まり
さくら号に乗車した私は
指定席が無効になったことも
時間をロスしたことも
新大阪駅から福山駅まで、安全点検のために2時間半かかったことも
その間、身動きもとれない状態で立ち続けていたことも
なにひとつ苦痛ではなく
穏やかな気持ちで過ごすことができました。

そして、私は福山駅に到着するまで
運行業務に携わる
思いつくかぎりの職務についても考えました。
当たり前だと思っていたことが
実は、数えきれないほどの人に支えられているということ。

福山駅で下車してもまた、精算窓口は払い戻しの利用客で長蛇の列でしたが、新大阪駅の中年男性をはじめ
誰ひとり欠けることなく
関わってくださったみなさんのおかげで、無事に福山駅に帰れたことを想像すると
今、
私が手にしている特急券は
然るべき価値
それ以上の価値だと感じ
精算窓口には行きませんでした。
払い戻しは私には不要でした。

最終便が出発したあとの寒い新大阪駅のホームで、あの中年男性がどう過ごされたのかわかりません。

しかし
『人は、自分の力で誰かを幸せにすることが幸せ』なのだとわかった瞬間、謎がとけました。
きっと中年男性は幸せだったのだなと。
プレゼントを
固辞するより
私は、喜んで受けとってよかったのだなと。

春の吹雪のアクシデントがなければ、一生気づけなかったかもしれません。

その中年男性には
「あなたのようにありたいです」と
祈ることしかできませんでした。

そして
このときはまだ
人の出会いによって
人生は20秒で変わるということを、はっきりと意識化していませんでした。

その後
このできごとから現在に至るまで
人の出会いは偶然ではなく
あらかじめ「そうなっていた」のではないかと感じることが重なり
森 信三氏の『邂逅』のフレーズをいつも思い出すのです。

 

『 邂逅 』
人生で会うべき人には 必ず会わされる。
それも 一瞬たりとも
早すぎもせず
遅すぎもせず。

森 信三 (1896-1992)