タロットが創られた目的。
それは、若き王の心を慰めるためでした。
1337年
フランス内地にあるイングランド領土と、フランドル地方の領有をめぐって、フランスとイングランド間で100年戦争が勃発しました。
フランス国内では、さまざまな公国が内乱を繰り返す不安定な治世の中
1380年
フランス国王シャルル5世が他界し
子息のシャルル6世が、わずか11歳で王位継承しました。
シャルル6世親政までの期間は
叔父である
ブルゴーニュ公爵フィリップ氏と
ベリー公爵ジャン氏が
後見人となり、王の摂政として実権を握っていました。
シャルル6世は、叔父たちの権力闘争に翻弄されながら
「世間知らずの王」「悲運の王」と呼ばれ、次第に精神を病んでゆく様子も伝えられています。シャルル6世は、ときに自分の体がガラスでできていると思い込むことがあり、偶発的な事故で自分の体が砕け散ることのないように、鉄の棒を服に縫い付けて過ごす日もありました。
若き王の、ガラスのように繊細な心を慰めるために
1392年
王の寵臣らによって『遊戯札』が、画家とカード・メーカーに発注されました。
『遊戯札』については
①「宮廷遊戯」絵を読み解いて、絵にまつわる知識や鑑賞力を競う知的な遊び
②「写本美術」聖書の文書をより引き立て、わかりやすくするための挿絵や装飾画(修道士の手描き)
③「時祷書」宗教的な日課や祭事を折り込まれた日課書・絵画つきスケジュール帳
④「広告」布教活動・王権のアピール
⑤「まじない」白魔術・祈り
など、様々な要素が含まれる複合体だと推察されています。
1396年フランス王国の”会計帳簿”に
カード・メーカーと
画家 ジャクマン・グランゴヌールに
『金や 様々な色彩で描かれた56枚の遊戯札』
3パックの代金が支払われていることが記録として残っています。
注釈には
「王の慰みのため」という文言も記載されています。
実物は、もはや存在していませんが
この『遊戯札』が記録上の最古のタロット版になります。
『遊戯札』が寵臣らによって発注された背景には、シャルル6世の父親である
シャルル5世の存在が色濃く影響しています。
シャルル5世は
「芸術の庇護者」と呼ばれ
ルネサンス芸術に貢献した芸術家らのパトロンとして、惜しみなく巨万の富を投じました。
美術研究に専心した王でもあり、宮殿に膨大なコレクションを築きあげ、占星術・まじないに興味を持っていたことも広く知られています。
その王の邸宅だった宮殿が、現在のルーブル美術館です。
歴代宮廷に仕える王の寵臣らは
シャルル5世の
世界観や審美眼を継承していたと拝察されます。
寵臣らは
絵画が心に作用すると信じて
『遊戯札』を発注したのではないでしょうか。
私は『遊戯札』が発注されてから4年後に、正式に「3パック」注文されていることに胸を打たれるのです。
おそらく
王の言葉に耳を傾け
解説を申し上げる栄誉を授かった
修道士
哲学者
ロイヤルミストレス
道化師のために
予習の教材用として
同時に購入されたのではないかと想像します。
そこには、画家とカード・メーカーに全幅の信頼を寄せる寵臣らの姿があります。
寵臣らの
王の心に慰みが訪れるよう
全身全霊で祈る姿が
「3パック」という数字で証明されていると感じるのです。
「遊戯札」は
芸術
宗教
エンターテイメント
広告
呪術
などを目的とするものが
500年の時を経るなかで
さまざまな種類のタロット版を派生させ
今日まで継承されてきました。
私は
芸術家でも
宗教家でも
エンターテナーでも
広告代理店でも
呪術家でも
何者でもありませんが
タロットが創られた目的だけは忘れずに
読む人となりました。
読む人となって
自分が
何者でもないことを思い知らされます。
しかし、それでも
寵臣らが
絵画が心に作用すると信じて
祈ったように
私も
タロットが心に作用すると信じて
祈ることだけは
できるのではないかと思うのです。
誰かの心に
タロットが作用して
慰みとなりますように。
そして、その心に
安寧が訪れますように。
Pamela Colman Smith
『ARTIST OF THE RIDER-TAROT DECK』
COMMEMORATIVE SET
Arthur Edward Waite 1857.10.02-1942.05.19
Pamela Colman Smith 1878.02.16-1951.09.18
U.S. Games Systems,Inc.
Stamford,CT06902 USA
『Pictorial Key to the Tarot』
Arthur Edward Waite 1857.10.02-1942.05.19
『タロットの歴史』著者:井上教子・発行所:株式会社山川出版社2014.11.30・1版1刷発行
『図説・近代魔術』著者:吉村正和・発行:河出書房新社 2013.09.30初版発行