「君は、伊黒小芭内(いぐろおばない)を推してるんだね。
大人だね。
すごいね」
A歯科医院の院長先生は
伊黒小芭内の人形を抱えた5歳の男の子に、そう声をかけられたそうです。
このエピソードを伺ったとき、私はまだ『鬼滅の刃』を拝読しておらず、院長先生のお言葉かけを、患者さんとの世間話程度にしか受けとめていませんでした。
しかし、今日『鬼滅の刃』を全巻読み終えて、院長先生のお言葉かけが、どれほど5歳の男の子の心をつかんだかに気付かされたのです。
伊黒小芭内とは
『鬼滅の刃』に登場する「鬼殺隊」の少数エリート部隊員(柱・はしら)の一人です。
口元を包帯で隠し
小柄で
視力が弱く
白蛇を連れている青年です。
院長先生が
伊黒小芭内の人形を見ただけで
「大人だね」
「すごいね」
と男の子にお言葉かけができたのは
『鬼滅の刃』という物語に精通し
“伊黒小芭内というキャラクターを、よくご存知だったから”
と理解できました。
伊黒小芭内の包帯の下に隠された悲しい物語。
院長先生はそれをちゃんと汲みとっていたからこそ、発することのできる言葉があったのです。
おそらく5歳の男の子なら
主人公の炭治郎
愛嬌のある伊之助
完璧に美しい冨岡
華のある煉獄さんを
推しにするのではないかと、想像します。
そうした錚々たる登場人物のなかにあって
伊黒小芭内を推しにした男の子を、院長先生は
「大人だね」
「すごいね」
と認められた。
大人から「大人だね」「すごいね」と認められた男の子は、誇らしさで胸がいっぱいになったのではないでしょうか。
きっとその言葉を一生忘れることはないと、私は思うのです。
私は、エキセントリックな人形がほしくても
我慢して
両親の納得しそうな
誰からも愛されるキャラクターを選ぶような子供でした。
伊黒小芭内を推しにして
「大人だね」
「すごいね」
と認めてもらえた男の子を羨ましく思ったのが正直な気持ちです。
「認めてもらいたかった」
「理解してもらいたかった」
そんな感情があふれてきて
まさか人形で
こんなにも切ない気持ちにさせられるとは、思いもよりませんでした。
そして、私もまた子供達にそのような思いをさせてきたのではないかと、深く後悔もするのです。
5歳の子供が、子供なりに伊黒小芭内に心惹かれているなら、それを理解する。
理解する姿勢を見せることで
子供の自尊心が育ち
信頼することを覚える。
そして、院長先生の
「あなたの大切にしているものを、私も大切にしましょう」という姿勢は、子供だけでなく、私達大人の心もつかみます。
「大好き」と素直に言えること。
「大好き」を認めてもらえること。
誰かの「大好き」を素直に伝えてもらえること。
誰かの「大好き」を認めてあげること。
そこには幸せの循環があります。
「誰かの大切なものを大切にしましょう」という姿勢があれば、人間関係も恋愛も、より豊かなものになるでしょう。
そして
あなたが大好きなものを「大好き」と素直に言えるよう、私があなたを認める存在になれるなら幸せです。
『鬼滅の刃』第1巻2016年6月1日第1刷発行-第23巻2020年12月9日第1刷発行 完結・著者:吾峠呼世晴 ・発行所:株式会社 集英社