「あのとき会ったのが最後だったのか」と、後から気付くことがあります。

「またね」と
明るく手を振って別れて
前を向いて何歩か歩いて
振り返ったら
まだ、あなたは手を振ってくれていて
私は
駆け戻って
もう一度
手を握ればよかったと
後悔の気持ちがわいてきます。

誰かの
姿が見えること
声を聞けること
香りを感じること
触れること
語りあえること
いまさらそれらが、どれだけ貴重であるか知るのです。

あなたともう会えないとわかっていたなら
私は、あなたと、何かもっと語り合いたかったような気もするし
しかし、あなたは自分の人生を、精一杯生きたのなら
私が悲しむより
あなたの姿を
忘れないでいることのほうが
うれしいのではないかと思うのです。

私たちのいる此岸(しがん)を、あなたは向こう岸(彼岸・ひがん)から見ていてくれるのでしょうか。
それならばあなたに、私の幸せそうな姿をみせることが、せめてものプレゼントなのでしょう。

タロットの「生と死」を司る札には、流れる河が描かれています。
「人は二度と同じ河に入ることはできない」ことを意味し、人生は常に変化し、変わり続ける無常を説いています。

誰かと出会えることは
奇跡のような確率だけど
離れてゆくことは必然。

河の流れに乗った小舟が、それぞれ
中洲で分かれ
流木で留められ
岩に阻まれて
合流する一瞬があって
また離れてゆく。

そうして
向こう岸へと流れついたとき
再会できる希望も、説かれています。

長い年月のなかの一瞬を
あなたと過ごせたことは
私の大切な宝物。

そう遠くない未来
私も向こう岸に流れついて
あなたを探すでしょう。

そのとき、あなたを見つけて
駆け寄って
手を握って
「あのとき会ったのが最後だったね」と言えたらいいなと考えています。

「あのとき会ったのが最後だったのか」と思える人。
それは、きっと大切な人。

 

LEFT BANK(左岸)』高橋幸宏:「EGO19881116日発売:EMIミュージック・ジャパン