「当店3階にカフェがございますので、そちらで軽食を召し上がっていただくこともできます。ご案内させていただきましょうか?」

『資生堂パーラー・銀座本店』の接客スタッフさんのお言葉に、思わず涙がこぼれました。

私がずっと若い頃、憧れの『資生堂パーラー・銀座本店』に伺ったときのエピソードです。

現在のように、スマホで店内の雰囲気を知ることもできず、Googleマップで外観を知ることもできず、広島県の山間部で育った私にとって、『東京』『銀座』『資生堂』というキーワードは、現実味がなないほど遠い世界に思えたものです。

そんな私も社会人になり、東京に旅行する機会を得て、精一杯お洒落をして、勇気を出して『資生堂パーラー・銀座本店』を訪れてみました。

しかし、席に案内していただき、メニューを広げてみると、そこには美しいコース料理の写真とともに、私が妹達にご馳走しようと思っていた予算をはるかに超える金額が記載されていました。

当時はクレジットカードで飲食店の決済をするシステムが普及しておらず、それを利用できるかどうか確認する発想に及びませんでした。

その時点で、周囲のお客様のエレガントな雰囲気や、店内の雰囲気に圧倒されて、焦りの気持ちがわいてきました。

目の前には、磨かれ抜かれた綺麗なグラスにミネラルウオーターも注がれていて、そのサービスを反故にすることが失礼にあたるようにも思えて、ますます気持ちは焦るばかりでした。

そんなとき、接客スタッフさんが、まるで今、ふと思いついたような気軽さで

「お客様。当店3階にカフェがございますので、そちらで軽食を召し上がっていただくこともできます。ご案内させていただきましょうか?」

とお声をかけてくださいました。

おそらく遠巻きに、メニューの前で焦っている私をちゃんと見てくださり、困っている様子も理解されていたのだと思います。

今から思えば、資生堂パーラーの厳しい接客マニュアルに、なんらかの対応方法的なものがあったのかもしれません。

それでも、今、ふと思いついたような気軽さで、《お客様に恥をかかせない》ように退席できる雰囲気を演出された資生堂パーラー。

その語り口調は文章で表現するのは難しいのですが

「こちら(の本店)は3階・4階・5階とフロアが複雑で、迷いやすくなっております。私どものご案内が不足して、お客様にはご迷惑をおかけいたしました」

と、あたかも支店の常連さんが本店でちょっと迷ったところに出くわしたような、親しみとあたたかみのある語りかけだったのです。

明らかに、私の都合で退席するにもかかわらず、私に咎がないふうを装うその対応は、接客業として最高水準のサービスだと感じました。

私は、このときから

「相手に恥をかかせない」

想像力と思い遣りが

自分にも培われたらいいなと思うようになれました。

「相手に恥をかかせない」

想像力と思い遣りがあれば

それは

「相手を大切にしましょう」

という姿勢になり

「言葉」にも

「態度」にも

「所作」にも

醸しだされ

その人の佇まいを美しくします。

今でも私は、その接客スタッフさんの姿を鮮明に思い出すことができます。

そして

不思議なことに

誰かを大切に想うことを知れば

「私を大切にしてくれる人から大切にしてゆこう」

という感覚も芽生えてきます。

人間関係で、特に恋愛では、自分のことを大切にしてくれない人に執着したり、粗末な扱いを受けても我慢してしまいがちです。

不安で心が竦むような人間関係や恋愛に疑問を覚えたら

「この人と一緒にいるときの私って、心から笑顔なんだな」

と思えるかどうか感じていただきたいのです。

資生堂パーラーは

私が笑顔になれれば

誰かを笑顔にできる

そんな循環が起きる場所に

さらに人は集い

もっと笑顔が広がることを教えてくださいました。

 

資生堂パーラーは、今あらためて、私がいちばんお伺いしたい場所です。

長く言いそびれた言葉を、そう遠くない未来お伝えできる日がくることを願っています。