「ライバル争いに勝つ」
「栄冠を獲得」
「ジェラシー」
「略奪愛」
「失脚」など
タロットの絵札には、『勝者』と『敗者』を意味する様々な物語が描かれています。
「どんな手段を使ってでも獲得したい」と
強い意志を持った人物を象徴する札を拝見するたびに、私は「1000日のアン」を思い起こすのです。
「1000日のアン」と呼ばれる アン・ブーリン(1501-1536)は、イングランド国王 ヘンリー8世(1491-1547)の寵愛を受けながら「愛人ではなく王妃になりたい」「生まれる子は正当の後継者にしたい」と、6年もの歳月を費やし 正妻のキャサリン・オブ・アラゴンを失脚させ、1533年に王妃の座を獲得しました。
アンの要求を通すために、イングランドは ローマ・カトリック教会との決裂、英国国立教会の設立、スペインとの外交軋轢など、政治と宗教の領域をも巻き込んだ大きな歴史的変革を生じさせました。
しかし、ヘンリー8世の寵愛が アンの侍女ジェーン・シーモアに移ると同時に、アンは自ら要求したイングランドの新しい法律によって裁かれ、断頭台へと送られてゆくことになります。
アンの獲得した王妃の座は、3年に満たない月日で失うことになりましたが、後に、アンの一人娘が「エリザベス1世」としてイングランドの女王となり、ヨーロッパで絶大な権力を獲得したことは、私達の周知するところです。
貴族の中では高くない身分のブーリン家のアンが 宮廷に上がり、王妃の侍女となり、ヘンリー8世の目にとまり寵愛を受けるまでの努力は
まさに「正気を失うような」と、形容するに相応しいものだったと想像できます。
フランス仕込みの洗練された所作
ファッション
話術
哲学や政治に関する書物を読み
リュートを奏で歌い
演劇
舞踏
乗馬と猟
詩を詠み
貧者のための裁縫
性愛の技術
駆け引き
絶えることのない微笑みを駆使して
あらゆる意味で、ヘンリー8世を魅了することに執心したと拝察されます。
一族の繁栄のために
宮廷内で「ブーリン家の娼婦」と揶揄されながらも
国民から「魔女」と非難されながらも
栄冠を目指して邁進する姿は
眩しくもあり悲しくもあります。
また、アンを主人公とする映画「ブーリン家の姉妹」の作中、アンがタロットを披露して、ヘンリー8世の興味を引き寄せるシーンがあります。
実際にアンがタロットを使用していたかどうかは不明ですが、タロットが1396年にフランス国王シャルル6世のために創作された歴史的史実を鑑みると、フランスの宮廷で育ったアンが タロットに触れる機会があった可能性は高そうです。
ウエイト版タロットを創作した アーサー・エドワード・ウエイト博士は、イングランドで創設された「黄金の夜明け団」に1891年に加入し、女流画家のパメラ・コールマン・スミス氏と共に「ライダー=ウエイト・カード」(ウエイト版)と、タロットの解説書として「タロット図解」を1910年に発行しました。
ウエイト版タロットが生まれた歴史背景に
アンという一人の女性が
時代に恵まれ
時代に見放されながら
全身全霊をかけて存在していたことを想う時
(それは私にとっては畏れであるのですが)
勝者の「峻厳と孤独」
敗者の「慈悲と救済」の意味を知るのです。
タロットが
勝者の「獲得することで失うもの」と
敗者の「失うことで獲得できるもの」の
どちらが幸せで
どちらが正解だと
答えを出さない理由がここにあるように感じます。
タロットの開示する札は、何を以て『勝者』なのか『敗者』なのかを問い続けてきます。
それは
ライバルとの相対値で自分を計るのではなく
自分の絶対値を高めるための努力の過程に
後悔がないように生きることだと
483年の時を経てアンが教えてくれるようです。
(ヨーロッパの王妃 2006年6月20日 初版印刷・著者:石井美樹子 発行:河出書房新社)
(ブーリン家の姉妹 上巻 下巻 2008年9月25日 第1刷・著者:フィリッパ ・グレゴリー 訳者:加藤洋子 発行所:株式会社 集英社)