「量が半分になって、価格が上がるものって何かわかりますか?」

共同通信社のラテ局(ラジオ・テレビ局)所属のF氏に、新聞の読者投稿欄についてお話を伺っている際にご質問をいただきました。

一瞬、小学校の算数の教科書が浮かんできたのですが、返事ができないでいると、F氏はご自身の業務を例にして説明してくださいました。

「現場の記者が、事件の記事を原稿用紙10枚で送ってきたとします。
それを編集して5枚にする。
10枚分の情報を半分の5枚にして、それでも視聴者にわかりやすく理解してもらえるように推敲を重ねるんですね」

「10枚分の情報を、5枚の記事に編集するほうが
数倍の時間・労力・経費がかかるのです」

「400字詰め原稿用紙に書いてある説明を、200字で説明しなくてはならないって、ものすごく悩みませんか?」

目から鱗でした。
私には、その発想と感覚がありませんでした。

確かに、F氏の仰るとおり、日常でも「量が半分になって、価格が上がるもの」に囲まれて過ごしていました。
例えば、国立競技場を「半分の時間で完成させてくれ」と依頼されたら、人員を単純計算で2倍に増やさなければ完成しません。

このことから、私は「ものづくり」の職人さんに、かつて大変失礼な依頼をしてしまったことを思い出しました。

今から7年前、広島県福山市内の 『暮らしの道具 吉山』(創業慶應三年)という老舗の家具屋さんで、尾道で活躍中のサウンドトレジャーJAZZライブが開催されることが決定しました。

そこで私は、4人の演奏家の方にフラワーデザイナーの吉田純子氏の「コサージュ」を贈ろうと思いついたのです。
4人の演奏家の、おひとりおひとりをイメージして作品をつくっていただこうと
「宇宙」
「冷静と情熱のあいだ」
「Pure & Clean」
「ダンディズム」
という、小説や映画のタイトルなどを引用して、吉田氏に「コサージュ」を依頼しました。

吉田氏は「面白そうですね!」と笑顔で快諾してくださり、私は、「吉田氏の技術なら、手間も面倒もなく、さっと作ってくださるだろう」という安易な考えで作品ができあがるのを待っていました。

しかし、できあがった「コサージュ」は、私の想像をはるかに上回る繊細さと優美さを備え、そのクオリティは私の提示した価格の10倍の価値であろう作品でした。

おそらく吉田氏は、私のイメージタイトルから
デザイン
花の素材の考慮・選別
素描
ピンなどの特別な材料の調達
製作
修正
仕上げへと
同じ作業は何ひとつなく、4度もこの工程を繰り返されたのだと拝察します。

いつもは、東京の老舗ホテルや百貨店などに大きな作品を納めていらっしゃる吉田氏なら、「小さなコサージュくらい」簡単に作られるだろうという、私の無知からの依頼でした。

材料が半分になったから、価格が半分ではないこと。
量が半分、それ以下になるからこそ
職人さんは
作品をよりよくするために
「わずかな表現や工夫」を加える智恵と技術が必要になってくること。
高い精度が要求されること。

吉田氏は 費やした時間と労力について一切口にされませんでした。
「新しい試みでしたよ」と
爽快なお言葉をくださるのみでした。

何もないところから
新しいものを生みだす苦悩も
ご自身の経験値(データ)として
財産にされているのだなと感じました。

そして、JAZZライブ当日、演奏家の皆さまは「コサージュ」を初めて身につけられたはずなのに、「もともと、そういう着こなしだったのか」と思えるほど、あまりにも馴染んでいるので、驚いて吉田氏にその旨をお伝えしました。

それは、吉田氏のお取り計らいでした。
「今日は、音楽がメイン(主題)」
「お花が主役になってはいけないのよ」
と、この『JAZZライブにおけるお花の意味』をご説明くださいました。

吉田氏は
音楽を《主役》と捉えて、お花が主張する場面ではないと仰りたかった。
それを今、ようやく理解できるようになりました。

プロフェッショナルとは《主役》を想像できる人。
そして、自らの存在を消すことのできる人。

共同通信社の編集者が
《視聴者》に
「わかりやすさ」を提供するとき
そこにある
膨大な文字数の存在を感じさせないように

国立競技場が
《アスリート》《観客》に
オリンピックを提供するとき
その建設中に生じた
職人のジレンマを感じさせないように

吉田氏も
ご自身の作品を提供するとき
花びら一枚にまで
想いやメッセージを込めながらも
《受け取る人》の世界観にすべてを委ねる。

私がみている世界は、ほんの一部。
みえない世界をプロフェッショナルが支えている。
「ものづくり」のみえない物語。
そんな物語を想像すると、私は、何もかもが素晴らしい世界に思えてくるのです。

目にみえるものを支えている、目にみえない世界をご覧ください。

フラワーデザイナー:吉田純子 (JTプランニング株式会社)
【作品のお問い合わせ】
暮らしの道具吉山(株式会社吉山タンス店)
広島県福山市霞町3丁目4−24

暮らしの道具吉山