『植物や花の、毒のあるものに昆虫も人も惹かれる。
毒のないものに人は惹かれない』

16世紀 ルネッサンス〜18世紀 バロック・ロココまで活躍した、ヨーロッパの優れた画家たちと、その作品を『Old Masters』と呼びます。
服装デザイナーのポール・スミス氏は、その『Old Masters』からヒントを得て『New Masters』を2019-秋冬シーズンに発表されました。

ボタニカルアートと昆虫図鑑を一枚の絵画にしたような洋服は、様々な想像をかきたて、新しいストーリーが次々と浮かんできます。

『New Masters』は、ワンピースなどのレディス展開も素敵でしたが、私は、どうしてもスーツと合わせるメンズ限定のシャツを手に入れたくなり、ポール・スミス・メン福山店に展開数の少ないSサイズのお取り寄せをお願いしました。
店頭に届いたシャツは、息をのむほど素晴らしいものでしたが、襟の部分が製作上「模様が入っていないパターン」でした。
それをスタッフの方が察知され、改めて「違うパターン」のシャツを他店から福山店に配送するよう手続きをしてくださいました。
「後日、二枚のシャツから どちらかお好みのほうをを選べるように」とのご配慮でした。
これほどまでに時間と人の手が介在して、『New Masters』は、ようやく私の手元に届きました。
うれしくて、『New Masters』を颯爽と着こなす自分をイメージしたりもしました。

しかし、私は、ある大切なプレゼンテーションの日に『New Masters』を着ませんでした。
着ませんでしたではなく、着ることができませんでした。
もっと正確にいうと、鏡の前で『New Masters』と『白のシャツ』を何度も交互に着替えて、1時間近く悩んで『白のシャツ』を選びました。
自分で選択しておきながら、悲しい気分になりました。

あれだけの熱量をもって手に入れたものを却下するとは、そのときの心情をどう説明していいのかわからないまま、フラワーデザイナーの吉田純子氏に『New Masters』のシャツをご覧いただく機会を得ました。

私の「この、毒蛾の幼虫が…、人によっては不快なのかな?食事中とか…」という漠然とした態度に
吉田氏は
「そんなの知らない顔してたらいいじゃない?」
「それが気になるような人とは食事に行かなきゃいいし、それが気になるような人とは雅己さんが食事に行きたくないよね?」
と、犀利なお言葉をくださいました。

私が『白いシャツ』を選んだのは、
「可もなく不可もなく
平均的に好印象を与えよう」という保守的な考えからでした。
それは、自分の大好きなものを抑え
他者に自分がどう映るかを優先した姿でした。
それは、誰かに
《嫌われないように》阿る(おもねる)姿勢。

吉田氏の
『私のことを好きになるのも、嫌いになるのも、あなたの自由』
という態度と姿勢で向き合うことが
ほんとうに相手を尊重し
信頼していることになるのだと気づきました。

「この人は『New Masters』を理解するセンスなさそうだから『白のシャツ』にしておこう」と思われるほうが失礼だということです。

そして『New Masters』の毒蛾の幼虫を眺めながら
かつて吉田氏が
『植物や花の、毒のあるものに昆虫も人も惹かれる。
毒のないものに人は惹かれない』
と語ってくださったことも思い出しました。

タロットにも「中毒」を意味する札があり、エキセントリックで魅力的な人物は、歴史上の人物もふくめ
『悪魔』
『魔王』
『鬼才』
『悪女』などの呼称がつき
人々の心を虜にして、熱烈に支えられています。

デビューから50年にわたり
好奇心を刺激するモチーフは
ネガテイブな社会問題までも積極的に取り入れ、活き活きと描かれるポール・スミス氏。

刺激とは
「毒」となるものがなければ得られません。
媚びない
阿らない
譲らない
自分の感性・感覚をなによりも信頼する世界観。

その世界観はときにエキセントリックで
接触すると
中毒症状を発症し、抜け出せなくなるのかもしれません。

その世界観を持っている人は
他者からの「審判」に振り回されることなく
さらに
他者の審美眼も「信頼」している姿勢だと理解できました。

吉田氏のお言葉をいただいてからのち、『New Masters』に袖を通すとき
『私のことを好きになるのも、嫌いになるのも、あなたの自由ですよ』と、優しい声が聞こえてくるようです。

そして、私は一枚のシャツで
とても幸せな気分になるのです。

 

『New Masters』:Paul Smith Japan 2019
https://www.paulsmith.co.jp/

フラワーデザイナー:吉田純子 氏(JTプランニング株式会社)の作品は
◆暮らしの道具吉山(株式会社吉山タンス店)でご覧いただけます。
広島県福山市霞町3丁目4−24

暮らしの道具吉山